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更新 2009/4/4

昔の歌を聴くと、その当時の事を思い出したり色々な事が走馬灯のように消えては現れるってことありますよね。
自分にとって、乗り継いだ愛車たちには楽しかったり、切なかったり、苦しかったりした思い出がいっぱいです。
そんな自分の愛車たちと思い出たちを紹介するページです!
自分は、基本的に乗り物を運転するのが好きで、多分、生れて来て一番好きな事がドライビングですね。
でも、暴走族やローリング族なんかと違って、スピードとか目立ち度とは無縁です。
乗った車やバイクはほとんどノーマルで、淡々と走り続けるのが好きな「ツアラー派」なんですよ。
自己満足なページではありますが、暇があるなら見てってください。

注:自分は車に詳しい人ではありませんので誤った記入があるかも。ですから車を批評するページではありません。


1985.4  中古で購入したTOYOTAカローラレビン1600GT ツインカム16バルブ 確か4年落ちだったと思うので
  〜     1981年前後の型だったと。21歳までバイク一筋の自分が初めて買った車でした。値段は40万ぐらい。
        当時はまだフェンダーミラーでしたねぇ〜(笑)。
1986.3  車を見に行った時に、車屋の社長が僕を乗せてアクセル全開!
        その加速の気持ちよさと「クオ〜ン」というエンジン音が気に入って即決。
        当時は北海道恵庭市に住んでいて、この車で支笏湖に抜ける林道を良く走った。
        それと千歳空港周辺にラリー気分にひたれるベストランドがありましたね。
        北海道一周なんてのもやってみました。一日600キロなんて北海道以外では出来ない旅行でした〜。
        その当時付き合っていた彼女と道東や、道北に旅行にも行った。
        夏、ルスツ高原への旅行で洞爺湖に一泊した時の事が今でも忘れられない。
        冬、道東の美しさ、特に阿寒国立公園、阿寒湖のハクチョウたち・・・。
        石狩湾では、泥道にハマって出られなくなって、彼女に押してもらったけどタイヤが空転!
        泥を跳ね上げて彼女が泥だらけになったり・・・若かったなァ(笑)
        故障もせずにいつでもハイテンションなエンジンで楽しクルマでした。


1986.5  初めての新車となったTOYOTAマークU グランデ2000.
  〜
     時代はすでにハイソカーブームでしたね。日産からホンダへ人気は移っていたけど、ハイソカーはTOYOTA
1990.9  が圧倒的。カラーもスーパーホワイトが定番で、ソアラ・クラウン・クレスタ・セリカXXなどなどみんなこの色に
        乗ってたね。当時はすんげーうづぐしい色でした。
        前車と違って、1Gエンジンの静粛さとスムーズさは圧巻で、まるで地を滑るような走りに、初めて乗ったとき
        の感動は忘れられない。今となってはフツーの事だけど当時はそんな時代でした。
        ところでこの車、右端のコクピットを見てもらうとなんか気付きませんか?
        マニュアルシフトなんですよ!(汗)
        当時は、まだATは市民権を得ていない時代でしたが、それでもハイソカーはさすがにATが当たり前だった
        と思います。しかし、抵抗があった自分は馬鹿な選択でマニュアルを選びました。バカバカっ。
        ディーラーの営業マンに最低10回は「いいんですね?」と念を押されたものです。
        全く迷いは無かったけど、乗せる人乗せる人に「えぇっ!」と言われていちいち説明したり、乗り換える時に
        営業マンに冷ややかな視線で見つめられたりと結構記憶に残るカーライフでした(笑)



1990.9   2台目の新車購入となったTOYOTAクレスタスーパールーセント2000.
  〜
     この時期になるとさすがにATが市民権を得て、自分もその良さを感じていたのでちゃんとオートマを購入した。
1994.3   確か2000の馬力が115から125にアップ?したモデルだったと記憶してる(間違ったらゴメン!)
        インパネのスイッチボックスが手前に電動でゆっくりと滑り出したり、トランクにスポイラーがついていたところが
        気に入ってましたね。単純ですが(汗)。 マークUとの大きな違いはシートが固めになって長距離が楽になった
        ことかなぁ。ほとんど不満など感じた事もなかったですね。

        27歳だった当時、20歳の短大生と知り合って付き合い始めたんだけど、彼女が免許を取ったのをきっかけに
        AT車への転換を決意して買い変えた。この車は1GとATのマッチングで、エンジンの良さを最大限に表現して
        る車だったと思ってる。旅行好きの彼女と東北から関東まで縦横無尽に走り回ったなぁ・・。確か最初の1年で
        4万キロぐらい乗ってしまった。しかし全く故障もなく、気持ちよく走ってくれた。
        月夜の海岸の砂浜で、キラキラ光る海の美しさを知ったのもこの車の時代でした。
        何かの映画の真似をして素っ裸で泳いだり・・・行動派の彼女でした。
        しかし一年の同棲生活も淡く崩れ、再生を誓った次の彼女へと移りましたが、対照的な大人しい人だったせいか
        青森一度とディズニーランドに一度行っただけであっけなく終了。
        その後、現在の妻と出会って結婚した。そんな迷走を重ねた思い出のつまった車だったですね。
        妻はすぐにご懐妊してしまい、車検を取ったものの、子供の事を考えて買い替えをしました。



1994.3   3台目の新車 TOYOTAタウンエース 2000ディーゼルターボ4WD
  〜      子供が出来たこと、当時すでに4駆ブームであったこと、経済的にディーゼルがいい、などなどの理由からこの
1997.3   車を購入しました。今のミドルワゴンは2200がボトムのようですが、当時は2000CCでした。
         子供のおしめ替えや、寝かせておくのにはやっぱりワンボックスですね。
         一応ターボは付いていましたが、エンジンは非力でしたね(涙)。特に高速では120キロぐらいしか出ず、さらに
         2時間もベタ踏みしてると警告灯が点灯。自分の足も麻痺して感覚ナシ・・・・。
         一度、長野に旅行に行きましたが10時間目にヒューズボックスが飛び、バッテリーの配線が黒こげになるという
         大失態を演じてくれましたぁぁぁ〜。鈍足は許せても、ツアラーの感性が許さない状況でしたね。
         とは言っても、普段は広い室内でオシメの取り換えは容易だし、いざとなれば荷物も大量に積めて使い勝手は
         良かったです。それと、ダブルサンルーフも初体験でしたが楽しい気分にさせてくれる装備でした。特に前席の
         ルーフはチルト機構付きだったのでヘビースモーカーの自分はベビーのために空気清浄機も要りませんでした。
         それに、デリカのように本格的な走りは無理でしたが、そこそこ4駆の楽しさも味あわせてくれましたね。
         福島二本松のサファリパークに妹夫婦とその子供たちも一緒に遊びに行った時は、キリンが後部のルーフから
         室内に顔を突っ込んで来て大騒ぎに!あんな近くでキリンの顔を見た事がある人は少ないんじゃないでしょうか?
         我が一族では未だに語り草となってます。(小さかった子供たちも記憶している大事件だった。)
         そんな中、やはりガソリンへの思いは断ち切れず買い替えとなったのです。

★ハンドルをウッドに変えて、
初めてホイール以外の改造?
をした。
当時流行った、パーソナル無線
も積んでいました。

1994.10 タウンエースで4駆の楽しみを知って、だけどもう少し本格的に遊びたくなったところで購入した14年落ちの中古車
   〜    が、SUZUKIジムニーです。(1980年式) サイドカーとして短期間所有していました。
1995.8  何と2ストロークの550cc、3気筒というマニアックな車でした(笑)。2ストロークが廃止になって4ストローク化して、
        10年ぐらい経っていましたので、当時でも2スト・ジムニーは珍しい車でしたね。マニア向けでしょう!
        中古車屋さんの隅に「捨てられて」いたこの車、しかし外観塗装は新車のように輝き、室内も比較的きれいでした。
        試乗を許されてエンジンをかけてみると一発始動。(この一発始動は真冬も通して最後まで失われなかった。)
        そのエキゾーストノートは、2スト特有の「ポオーン!ポポポポッ!」という正にアレ。ふかしてみると、後方にはもの
        すごい白煙・・・・・(バックミラーで見ても真っ白で何も見えない)。
        その時、何だか懐かしくも心踊らされたのは、学生時代にKAWASAKIの2スト・KH250に乗っていた自分の感性
        だったかも知れません。とにかく売ってほしいと告げると、「値段が付けられない」とのこと。交渉の末、10万円にて
        車検整備付きで購入が決まったのです。
        この車は、4速マニュアルでしたがトップでも80キロぐらいしか出ず、白煙も半端でなかったので、一般道を走ってい
        ると、後方の車がどんどん遠ざかって行くといった具合で大変な迷惑を掛けていました。しかし、一旦ラフロードに入る
        ると水を得た魚。泥濘地や砂地の走破能力は天下一品でした。特に面白かったのは、パジェロもプラドも登れない
        崖を簡単に登りきってしまう事です。2ストの粘り強さは本当に驚かされました!
        生まれたばかりの娘も、ガタガタと振動を伴って走るこの車に笑い声をあげ楽しげでした。
        海に山に河川敷にと大活躍のジムニーでしたが、二人目のご懐妊もあり手放してしまいました。
        まるで耕運機のような建設機械のような、しかし楽しくてしょうがない、そんな車でした。

        

1997.4  さて、ディーゼルの脱却を図って購入したのが、4台目の新車NISSANセレナ2000ガソリンです。(4駆ではない)
  〜    長くTOYOTA車に乗って来ましたが、自宅の近所にできた日産の販売店に車を見に行ったところ営業マンが新人で
1999.9  まだ売った事が無い人でした。新人らしいひたむきさに打たれ?また限定車が発売されるとの事もあり、購入を決め
        ました。
        とにかくガソリン車。高速では15×キロオーバーもお手の物。普段の走りもストレス無し!。箱の大きさもあって大
        満足の車でした。限定車という事で、当時出始めた後部サイドドアの電動閉鎖機能が付いていました。自動で閉まる
        ものではなく、手である程度閉めると電動で引き寄せてピシャッと閉まるというものです。当時はこのクラスでは珍しか
        ったですね。燃費も心配した程ではなく、むしろ長い目で考えるとガソリンの方がお徳のような気もします。
        更に、2列目のシートが真横になるので後部入り口付近が非常に広々としていたのも当時ではこの車だけでしたね。
        この時は3人目の子がいましたので、3人が横掛けで妻が3列目に座り、逆L字型乗車となっていました。子供たちは
        一人だけ列違いに座るのを嫌がったし、何かあれば妻がいつでもそばに移れたので良かったです。
        スタイルもカジュアルな雰囲気で気に入っていました。ホンダのステップワゴンも気になっていましたが、結果としては
        こちらで良かったと思います。※あくまで個人的な主観の部分です。


※写真が残っていないので
  拝借です。

1999.9  この年、仕事に大きな変化があり、山岳部に通勤する必要が出来ました。間近に冬を迎える事もあり、スキー場近く
  〜     の職場に通うために再び4駆への乗り換えを決意し、3年落ちの中古でNISSANミストラル2700ディーゼルターボ
2002.3  を購入しました。セレナを購入した時の新人営業マンはすでに辞めていましたが、新たに担当してもらったベテランの
        方と仲良くなっていて、他の中古車店で見つけたISUZUビックホーンとTOYOTAサーフと検討の結果、ミストラルに
        決定しました。
        大きな決め手は、エンジンをふかした時のレスポンスが一番良かった事と、カンガルーバンパーが付いていた事かな。
        それとディーゼルであったこと。デッキも社外のいいやつが付いてたなぁ。3列シートだったし。
        この車の真価は、購入して2ケ月後に発揮された。まぁ、この手の車ならどれでもそうだったかも知れませんが、ある
        冬の日、山から降りる下り坂のカーブ付近がテカテカに凍結していて前方を走る乗用車がスピンしてガードレールに
        激突。あわててブレーキを踏んだがこちらもスピン。もう、前方の車にぶつからない場所に突っ込むのが精一杯の状況
        でした。乗用車は前輪の右がハの字で走行不能。バンパー付近もイッてたなぁ。ミストラルは無傷でしたよ〜。
        運転してた人が携帯でどこぞに電話してるのを尻目に、自分は悠々と帰還。この時ばかりは4駆の良さを感じました。
        それから、海岸線での花火大会。大渋滞を尻目に砂浜を疾駆して真下で見ました。すごい迫力だったなぁ〜。もちろん
        帰りも渋滞なし。こういう道で無い所を走って得した事はたくさんありましたね。
        (いつか畑を走ってしまったのは人として間違っていたと懺悔の気持ちです。農家の方すいませんでしたm(__)m。)
        エンジンも良かったですよ。ディーゼルとは思えない走りでした。さすがに登りは非力だったけど。
        故障個所は、ラジオアンテナ。ラジオのスイッチをつけるとスルスルと出て来て立ち、切ると降りて収納されるタイプでし
        たが、すぐに出てこなくなった。引っ張り出したら折れてしまった・・・。よって抜き取ってしまい蓋をしてました。
        ラジオの受信が若干弱くなった。そしてドアミラーの変色。クロームメッキ仕上げのカバーがあっと言う間に変色してしま
        いみっともなかった。
        故障ではなかったけど、タイヤでは苦労させられました。一見かっこいい大径タイヤはブロックパターンがすぐにすり減
        てしまい、タイヤが高い!中古でも高い!中古タイヤでも14インチの新品より高いのには驚いた・・・・。
        よってスタットレスタイヤは一度も買う事が無かったです。年中オールテレーン!
        4駆は金が掛る。
        そして運命の時。川原で遊んでいたら、いつの間にか増水し中州になってしまった。来た方向にしか帰れないが、一見
        しただけで深そう・・でもこのまま待ってればもっとドつぼにハマる・・・。えーいとばかりに飛び込む。フロントが水没する
        も意に介さず、4駆のローギアのままアクセル全開!もう、ボート状態!そして無事上陸作成完了!
        これがいけなかったのか、エンジンから油漏れが発生。分解整備(30万也)となったので買い替えを決意しました。

※写真が残っていないので
  拝借です。

タイヤはオールテレーンに
交換してました。


2002.3  子供たちを連れて中古車を探しに。色々見てたらMITSUBISHIディンゴが3年落ちで50万円。走行距離1.5万キロ
  〜     発見。ちょっと変わったコンセプトの車で、コラムギアでこの車格でウオークスルーという出で立ち。
2006.3  子供達も気に入った様子で購入即決。当時はワゴンでもない限り、ウオークスルーは望めなかったですから。
        子供もそれなりに成長し、大きな車で無くてもいいだろうという事と、あまり車にお金を掛けたくない状況だったの
        とで丁度良かったですね。サイズの割には意外に居住空間が広く、後部座席は大人3人でも苦しくなかったです。
        コラムシフトで足元も広く運転しやすかった。エンジンは1500ccだったけどツインカムで、コンパクトな車体を軽く
        引っ張ってくれてた。約4年乗りましたが98000キロ走りました。それは・・・旅行に良く行ったからかも。
        旅行はよく行きましたが全線一般道で高速は使いませんでした。仙台から東京ディズニーランド。4号線をひたすら
        走り10時間。距離にして360キロ。ここで一つ発見した事があります。青森県弘前市のねぷた祭りにも全線一般
        道で行くとやはり360キロ。丁度真中なんですね〜仙台は。それが何か?なんて寂しいから言わないでクダサイ。
        東京も弘前も毎年一回づつ行ってました。朝7時ころ出発して遊びながら、夕方3時頃に到着。ねぷたは夜なんで
        祭りを見て22時頃に出発して早朝4時頃自宅に到着。東京も、当時は子供たちが乗物に乗れる年齢じゃなかった
        ので、夕方に入ってミッキーを見てエレクトリックを見て、やはり花火が終わった22時から出発というのが定番でし
        た。もちろんディンゴの後席をベタに倒して布団を敷いて行きましたから、子どもたちは喜んでましたね。
        思えば一番かわいい盛りだったように思います。
        内装は結構質感のあるもので、ダッシュボードも含めて上半分が黒で下半分がベージュという、ちょっと前のBM
        3シリーズのような雰囲気。強烈な個性のスタイリングは結構気に入ってました。見あきないし。
        ただ、デッキがラジオとカセットというのは、ちょっと時代錯誤な感じを受けましたねぇ・・・。
        故障はライトの球切れぐらいだったのですが、とうとうATから異音が発生。オールイン・ワンの社外品だそうで、
        ディーラーでも原因が掴めず。丸ごと取り換えるのにリビルド品でも15万円かかるという事で買い替えを決意。
        途中、助手席側のドアに石か小銭で傷を付けられ、アンパンマンの顔が付いていましたが、エンジンが絶好調
        だっただけに残念でした。

        


2006.3  5台目の新車購入となります、MITSUBISHIコルト・リラックスエディション1300Xです。現在乗っている車です。
        久々に新車を購入しました。まぁ、昨今の問題のせいか三菱さんの営業マンの対応が良かった事と、限定車の
        発売と低価格設定が決め手でしたね。同時に、ホンダ・フィットや日産キューブ、トヨタBBなど検討していましたが
        内装の質感が一番良かったと感じたし、年齢的に一番合っている感じもしました。
        もちろん、最終見積もりはコルトが最廉価でした。
        リラックスエディションと名前が付いていますが、室内の雰囲気は柔らかく、品が良いですね。奇麗ですよ。
        運転席のシートが大容量なのは、中年に取ってうれしい限りです。手もたれもしっかりした作りです。
        エンジンは中低速型ですね。高回転は苦手のようですが、街中を流れに沿って走っている時はまるで6気筒の
        ように静粛でスムーズなフィーリングです。レスポンスもいいです。
        主流になった無段変速ギアもこのフィーリングに貢献していると思います。
        難点といえば、ブレーキが甘いことかな。調整してもらったけどそれでも甘い。急ブレーキだと底付きしちゃいます。
        それとピラーが太くて死角が結構大きいですね。何度かヒヤッとしてます。
        総合的には合格点だと思ってます。中古を乗り継いでいる間に自動車は進化したなと本当に感じています。
        ディンゴからコラムシフトですっかりコラムに慣れましたが、慣れるとコラムはいいですよ。楽です。
        ボディカラーもブルーシルバーは美しいですよ。色々見かけますが、この色が一番良いと思いますね。
        子供達もお気に入りです。何せ「ババ色」のディンゴは、色については不評でしたから。
        2009年。車検がやって来ました。コルト君は気に入っていたんですが、ナビTVが欲しい・・・・。
        ということでナビTV付きの「VERY」に乗り換える決心をしてMITSUBISHIさんと交渉に入りましたが、あれれれ?
        条件が厳しい・・・・。思ったような価格で落ち着かず。
        競合した他社が良い条件を出してくれたので乗り換える事になってしまいました〜。

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